第三話「moving soul」
前話

第二話「Red Liberation」
來奈:
んぅ……今、何時だろ……?
咲夜:
くぅ~♪
來奈:
えっ、10:30!?
來奈:
由美恵さん、ごめんなさい。本当は朝一番で連絡するつもりだったのに、寝坊しちゃって……。
それでね、専属侍従メイドの件だけど、ちゃんと咲夜から許可をもらえたから……。
由美恵:(AURORAの通信AR画面内)
はい。でもそんなことより、ご主人様たち、ご無事なんですか!?
來奈:
無事? ……何が?
由美恵
ご主人様、ご無事なんですね! こうして直接お話できて、本当に安心しました……!
こずえ
よかった……。
アナエル:(花恋とAURORA通信中)
なんでアリエルお姉ちゃんを私の代わりに乗せて、勝手に出撃してるんですか!?
TVのニュースにチラッとセレーネが映ってたのに、中身が私じゃないなんて許せません!
えっ? だって世界デビューですよ!? その映像、海外のニュースやネットでも流れてるんですから!
優
ご主人様やお姉さん達の無事より、気にするのそこなの?
アナエル
だって、お姉ちゃん達や、ましてあのご主人様が……あの程度の戦闘でやられるわけないじゃないですか。
優
絶対的信頼感……。
由美恵
ですから、昨日そちらで戦闘があったんですよね?
え? なんで知ってるのかって……?
TVやネットの報道でも大騒ぎになってますよ!
モニカ
これが、こないだ里穂さんとロッテさんが説明してくれた「守人」かな?
かっこいい!
アニエス
あの燃えてるお船もかなり大きいけど、それと比べてもずいぶんデカいよね。
菜乃
まあ、戦略自衛軍のミサイルイージス艦も結構な大きさだからね……。
TVの軍事専門家
この、自衛隊員の救助にあたっているメイドですが、一見すると幼い少女に見えますね。
しかし、こちらの機体についているエンブレムをご覧ください。
これは、エンパイアクラブ・ミリタリアの特殊部隊の中でも、特に戦闘能力の高いメイド達が集められている部隊のものです。
本拠地は白急下田にあり、彼女たちは特殊師団の――
千沙
昨日のミーナさんやアンジェラさんの部隊って、美月たちがこれからお仕事することになる部隊だよね?
そんなに特別なの?
美月
うん……
でも、それより……なんで戦闘の映像がマスコミやネットに流出してるの?
メリー
戦闘が起こったのは浦賀水道――あそこは民間船がひしめき合う海域だからね。
これは、おそらく民間のドローンが撮影した映像……
本来なら、Forestの調査部が事前に情報を抑えたり、欺瞞情報を流して拡散を防ぐはずなのに……
もしかして、意図的に放置した?
優香さんと悠里さん、何を考えてるのかしら……
千沙
メリーが難しい顔してブツブツ言ってる……
來奈
えっ……なにこれ……?
なんで昨晩の戦闘の映像が全国放送されてるの……?
しかもボイベーまで映ってる……!?
來奈
(咲夜の頬をやさしくペシペシ叩く)
咲夜……起きて……大変なことになってるの……!
咲夜
んぅ……お嬢様……まだ眠いです……
もう少しだけ……お嬢様の胸の中で……
お嬢様の匂いに包まれて……柔らかさに癒されていたい……
來奈
そんな場合じゃないから!!
ヴェル:
ここはメイド用の施設だから、普通の人間を運び込まれても対応できないっていうの
美琴:
そうですよね…。まさかメイド用の治療ポッドに入れるわけにもいきませんし。
シュン♪(扉が開いてまた閉まる)
仁香:
!! ドクター! 違うんです、逃亡しようとしたわけじゃなくて…トイレに行ったら迷っちゃって、病室に戻れなくなって…
アンナ:
そんなに慌てなくていいよ。ここ、けっこう構造が複雑だからね。
それに、この区画なら自由に歩いていいって言ってあるでしょ?
仁香:
でも…私、捕虜ですし…
アンナ:
仁香くんは「捕虜」じゃなくて「保護したメイド」。
まあ、それは置いといて…ちょうど差し入れがあるんだ。
「小麦粉の生地にあんこを包んで焼いた、円筒形または円盤状の和菓子」なんだけど。
仁香:
えっ? それって…何ですか?
美琴:
仁香ちゃん、いらっしゃい♪
悠名ちゃん、ちょっと詰めてあげて。ヴェルさん
悠名:
うん…(小さくうなずきながら横にずれる)
ヴェル:
ほいっ! さて、何が飲みたい?
仁香:
えっと…コーラとか…。
(ゴトン♪ 自販機の取り出し口にコーラが落ちる)
仁香:
ヴェルコヴァ博士…いや、ヴェルさん。いただきます。
悠名:
けっこう熱いから気をつけてね…
仁香:
熱っ! これが…!?
悠名:
日本のお菓子だよ。甘くて美味しいから、ゆっくり食べてね…
仁香:
はい…
仁香:
あむっ、あむっ……う~んっ!♪ この皮も美味しいけど、中の黒いのが甘くて、でも甘すぎなくてちょうどいい! こんなの初めて食べた♪
悠名:
美味しいよね。黒いのは「あんこ」って言うんだって。ほんのり甘くて、温かくて……食べると幸せな気持ちになる味♪
私は橋本悠名。あなたの名前は?
仁香:
橋本……あっ、私は橋本仁香です。
あの、悠名さんも橋本製のバイオメイド? もしかして、私と同じように戦闘で負傷して、捕虜として新評議会派に保護されたんですか?
悠名:
私は正統議会派に合流した「クロトの子」に、ボイベーと一緒に誘拐されて……昨日、救出されたんだ。
仁香:
ボイベー……月空家のマスターアーマーメイド。
たしかに、クロトの子がメインバイオユニットと一緒に所有しているって聞いたことがあります。
悠名:
そう、そのアーマーメイドのボイベー。
でも「所有」というより……私はそのボイベーの中に囚われていたバイオユニットだったの。
仁香さん、詳しいね。
仁香:
私もそのボイベーを解析して、評議会側で製造された量産型アーマーメイドの制御バイオメイドだから……。
悠名:
そっか……。仁香さんも私と同じ、アーマーメイドで戦うために生み出されたメイドなんだね。
ヴェル:
悠名ちゃん、なんか昔のクレアみたいなこと言ってない?
「衛生メイドは、メイド達を少しでも長く生かすために生まれた。だから、治療することだけが生きる意味」——昔はよくそう言ってたよ。
でも、今のクレアは衛生メイドというより、メイド学校の先生がメインになっちゃったけどね。
美琴:
メイドも普通の人間も、同じ「人」だよ。
「どのように生まれたか」じゃなくて、「どう生きるか」が大事なんだと思う。
仁香:
「どう生きるか?」……考えたことなかったです。
難しいですね……。
悠名:
そうだね。私がボイベーを動かすのは、戦うことが目的じゃなくて、咲夜や來奈お嬢様たちと一緒に幸せになるため。
……でも、それにしても咲夜、なんで来ないの?
まさか……來奈お嬢様がいるから、私はもういらない子……?
アンナ:
悠名、ほら、咲夜くんも昨日は大変だったし、疲れてるんじゃない?
……まあでも、そろそろ連絡とってみるから。
優香
はぁ…疲れたわ……
ミーナ
司令、本当にお疲れさまです。温かいコーヒー、どうぞ♪
優香
ひぃっ! ミーナちゃん、ありがとう……あの、恥ずかしいところを見られちゃったわね……
ミーナ
いえいえ、司令、本当にお疲れだと思いますので。
優香
でも、パイロットは今、休息の時間じゃなかった?
ミーナ
私は一時間ほど仮眠を取りました。里穂特務大尉、ロッテ大尉、フレデリカ大尉、アンジェラ中尉は現在就寝中です。
優香
一時間って……それじゃ足りないでしょ! パイロットならちゃんと休みなさい!
ミーナ
私、普段はともかく、一度戦闘モードに入ると眠れなくなっちゃうんです。司令もご存じだと思いますが、私もすみれご主人様ほどじゃないにせよ、「怪物」ですから。戦闘に支障はありません。
優香
あなたもすみれちゃんも、瑠莉ちゃんと同じで大変ね……。
エステル
そこの記者の方、どうぞですわ。
記者
今の説明を聞く限り、あの巨人兵器…アーマーメイドに対抗できるのは、同じアーマーメイドしか存在しない、ということでしょうか?
つまり、戦略自衛軍の通常装備では防衛が困難であると?
エステル
その点につきましては、わたくしではなく、戦略自衛軍を管轄する日本国戦略防衛省に直接お尋ねになるのが適切かと思いますわ。
エステル
では、次の記者の方、どうぞ。
記者
今回の攻撃により、戦略自衛軍の戦闘機二機が墜落し、民間地域にも被害が発生しました。
さらに、我が国が巨額の血税を投じたイージス艦が一隻沈没しています。
このような重大な損害が発生したことについて、エンパイアクラブとしてどのように責任を考えていますか?
エステル
戦略自衛軍の戦力が損失し、それによって民間地域に被害が及んだことは、非常に悲しい出来事であると認識しております。
記者
いや、戦略自衛軍の戦闘機やイージス艦を、エンパイアクラブ・ミリタリアが防衛できなかったこと自体に問題があるのでは?
エンパイアクラブ側の責任について、どのようにお考えでしょうか?
エステル
エンパイアクラブ・ミリタリアは、その名の通り、エンパイアクラブのオーナー個人と、その企業やクラブが協力し合い、地域社会を防衛するための国際的に認められた軍事組織です。
そのため、軍事費はすべてオーナーたちの自費によって賄われています。
一方で、この国の土地、国民の生命と財産を守る責任は、国民自身の税金で運営されている戦略自衛軍にあると認識しております。
記者
つまり、今回の攻撃はエンパイアクラブを標的としたものであり、我が国の国民には無関係だったとお認めになると?
そもそも、メイドという存在がいなければ、日本が攻撃を受けることもなかったのでは?
この点について、どう責任を取るおつもりでしょうか?
一部では「すべてのメイドをこの国から追放すべき」という意見も上がっていますが、それについてのお考えは?
エステル
今回の攻撃は、エンパイアクラブのオーナー企業が集中する南伊豆の都市全体を標的としたものと考えます。
そして、そのオーナー企業や関連企業のほぼすべてにメイドが関わっています。
仮に、すべてのメイドを日本から追放した場合、その企業群も国外へ移転せざるを得なくなるでしょう。
それにより、日本のGDPに占める何十パーセントが消失することになるのか、貴方はご存じですか?
さらに、それらの企業が撤退したとしても、その取引先やインフラの維持は必要不可欠なままです。
それすらもすべて無くしたとして、果たしてそれで「攻撃されない」と保証できるのでしょうか?
攻撃するかどうかを決めるのは、こちらではなく相手側です。
そして、仮にオーナーたちやメイドが国外へ追放された場合、エンパイアクラブ・ミリタリアはもはや日本を防衛する理由がありません。
そのとき、本当に戦略自衛軍だけで、アーマーメイドの攻撃を撃退し、国民の生命と財産を守ることができるのでしょうか?
この問いの答えを出すのは、私ではなく防衛省の責務ではありませんか?
……まあ、撃沈された自軍の救助要請を再三無視し、結局こちらに任せきりにしたような軍隊が、本当に頼りになるのかどうか――
その点については、私個人としては甚だ疑問ではございますが。
記者:
ですが、エンパイアクラブのオーナー企業が日本にこれほど強い影響を与えていること自体、異常ではないでしょうか?
一企業、あるいは一部のメイドオーナーたちが国家の安全保障にまで関与するなど、本来あるべき姿とは思えません。
そもそも、日本の防衛を担うのは国の軍隊であり、エンパイアクラブではないはずです。
にもかかわらず、一武装組織が「国の防衛」にまで関与し、自衛軍よりも効果的に機能しているという現状自体が、国家の主権に対する脅威ではないのですか?
加えて、今回の戦闘でエンパイアクラブ・ミリタリアが自衛軍の要請を受ける形で対応したとはいえ、
それが恒常的になるならば、事実上、エンパイアクラブが日本の防衛を担っていることになるのでは?
もしそれが事実なら、これは単なる企業の軍隊ではなく、「国家の中のもう一つの軍」と見なされてもおかしくないと思いますが?
――エンパイアクラブ・ミリタリアは、民間の防衛組織ではなく、「影の軍隊」なのではありませんか?
エステル:
「影の軍隊」などという言葉には、センセーショナルな響きがありますわね。 ですが、少し誤解があるようですわ。
まず、わたくしどもエンパイアクラブのオーナー企業が経済的に影響力を持つのは、単に日本国内の需要と供給の結果です。
これを異常とおっしゃるのであれば、逆にお聞きしたい。
国内外に広く展開し、影響力を持つ他の大企業――例えば、防衛産業やエネルギー産業を担う企業群についても、「異常」だとお考えなのですか?
そして、国家の防衛を担うのが本来は国の軍隊であるというのは、まさにその通りですわ。
しかしながら、現実には戦略自衛軍が独力で国民の生命と財産を守ることが難しくなっているからこそ、
わたくしどもエンパイアクラブ・ミリタリアは地域防衛の一環として、オーナー企業やその協力者の防衛活動を担っているに過ぎません。
この国の防衛を担うべき組織がその責務を十分に果たせない以上、
企業や民間組織が自己防衛を強化するのは、むしろ当然の帰結ではありませんか?
貴方が今、わたくしに問いかけている問題こそが、
この国の防衛体制の不備を象徴しているのではなくて?
もし、本当にエンパイアクラブ・ミリタリアの存在が国家主権の脅威であるというのならば、
戦略自衛軍が単独でアーマーメイドの侵攻を防ぎ、
国民の生命と財産を完全に保障できるという証拠を、今この場でお示しになれますか?
記者:
確かに、日本の防衛体制には課題があるかもしれません。しかし、それを補う形で民間企業――特にエンパイアクラブのような独立した武装組織が防衛の一端を担うのは、国家の統治機構と衝突する可能性があるのでは?
エンパイアクラブ・ミリタリアは、現行の日本の法制度のもとでどのような立場にあるのか明確に示していただけますか?
また、国家と独立した軍事力を持つことで、将来的に政府と対立する危険性はないのでしょうか?
エステル:
なるほど、ではお答えいたしますわ。
まず、エンパイアクラブ・ミリタリアは「独立した武装組織」ではなく、国際法の枠組み内で認められた民間軍事組織、PMC(Private military company)であり、日本国内でも合法的に活動しております。
また、エンパイアクラブ・ミリタリアはあくまで防衛を目的とした組織であり、日本政府の統治機構と対立する意図は一切ございません。
むしろ、わたくしどもは日本政府と協力し、必要な防衛力を補完している立場です。
そして、もしこの国の政府が「自国を守る能力を完全に有する」と証明し、我々の支援を必要としないと正式に決定された場合、
エンパイアクラブ・ミリタリアはいつでも防衛活動から手を引く用意があります。
しかし、ここで改めて問いたいのです。
――政府は本当に、それを実行できるのですか?
アーマーメイドの脅威に対し、戦略自衛軍のみで国を守るという確証があるのなら、今この場で明示していただきたいですわ。
でもそれは、あなたでは無く、戦略自衛軍を管轄する戦略防衛省の担当大臣が答えるべきものでしょうね? それが議会制自由民主主義ですから。
司会:
議長、記者の皆様、大変申し訳ございません、時間を大幅にオーバーしております! 会見はここまでとさしていただきます!