Shell moon のえんぱいあな日々 第三話 moving soul その2
ヴェル:
ここはメイド用の施設だから、普通の人間を運び込まれても対応できないっていうの
美琴:
そうですよね…。まさかメイド用の治療ポッドに入れるわけにもいきませんし。
シュン♪(扉が開いてまた閉まる)
仁香:
!! ドクター! 違うんです、逃亡しようとしたわけじゃなくて…トイレに行ったら迷っちゃって、病室に戻れなくなって…
アンナ:
そんなに慌てなくていいよ。ここ、けっこう構造が複雑だからね。
それに、この区画なら自由に歩いていいって言ってあるでしょ?
仁香:
でも…私、捕虜ですし…
アンナ:
仁香くんは「捕虜」じゃなくて「保護したメイド」。
まあ、それは置いといて…ちょうど差し入れがあるんだ。
「小麦粉の生地にあんこを包んで焼いた、円筒形または円盤状の和菓子」なんだけど。
仁香:
えっ? それって…何ですか?
美琴:
仁香ちゃん、いらっしゃい♪
悠名ちゃん、ちょっと詰めてあげて。ヴェルさん
悠名:
うん…(小さくうなずきながら横にずれる)
ヴェル:
ほいっ! さて、何が飲みたい?
仁香:
えっと…コーラとか…。
(ゴトン♪ 自販機の取り出し口にコーラが落ちる)
仁香:
ヴェルコヴァ博士…いや、ヴェルさん。いただきます。
悠名:
けっこう熱いから気をつけてね…
仁香:
熱っ! これが…!?
悠名:
日本のお菓子だよ。甘くて美味しいから、ゆっくり食べてね…
仁香:
はい…
仁香:
あむっ、あむっ……う~んっ!♪ この皮も美味しいけど、中の黒いのが甘くて、でも甘すぎなくてちょうどいい! こんなの初めて食べた♪
悠名:
美味しいよね。黒いのは「あんこ」って言うんだって。ほんのり甘くて、温かくて……食べると幸せな気持ちになる味♪
私は橋本悠名。あなたの名前は?
仁香:
橋本……あっ、私は橋本仁香です。
あの、悠名さんも橋本製のバイオメイド? もしかして、私と同じように戦闘で負傷して、捕虜として新評議会派に保護されたんですか?
悠名:
私は正統議会派に合流した「クロトの子」に、ボイベーと一緒に誘拐されて……昨日、救出されたんだ。
仁香:
ボイベー……月空家のマスターアーマーメイド。
たしかに、クロトの子がメインバイオユニットと一緒に所有しているって聞いたことがあります。
悠名:
そう、そのアーマーメイドのボイベー。
でも「所有」というより……私はそのボイベーの中に囚われていたバイオユニットだったの。
仁香さん、詳しいね。
仁香:
私もそのボイベーを解析して、評議会側で製造された量産型アーマーメイドの制御バイオメイドだから……。
悠名:
そっか……。仁香さんも私と同じ、アーマーメイドで戦うために生み出されたメイドなんだね。
ヴェル:
悠名ちゃん、なんか昔のクレアみたいなこと言ってない?
「衛生メイドは、メイド達を少しでも長く生かすために生まれた。だから、治療することだけが生きる意味」——昔はよくそう言ってたよ。
でも、今のクレアは衛生メイドというより、メイド学校の先生がメインになっちゃったけどね。
美琴:
メイドも普通の人間も、同じ「人」だよ。
「どのように生まれたか」じゃなくて、「どう生きるか」が大事なんだと思う。
仁香:
「どう生きるか?」……考えたことなかったです。
難しいですね……。
悠名:
そうだね。私がボイベーを動かすのは、戦うことが目的じゃなくて、咲夜や來奈お嬢様たちと一緒に幸せになるため。
……でも、それにしても咲夜、なんで来ないの?
まさか……來奈お嬢様がいるから、私はもういらない子……?
アンナ:
悠名、ほら、咲夜くんも昨日は大変だったし、疲れてるんじゃない?
……まあでも、そろそろ連絡とってみるから。
その3 へ続く