Shell moon のえんぱいあな日々 第四話 UNDER/SHAFT その20

 
オーナーA:
やっぱり、災害救助用の展開は会社のブランドとして進めた方がいいかと。私の方で出資しましょう。

オーナーB:
俺にも出資と運営、参加させてくれ。ルゥナ様、いいかな?

ルゥナ:
もちろんです! 他のオーナーの皆さまとも相談して、具体的な分担は――明日のラウンジテーブル会議で決めましょう。

オーナーC:
まずは各スキームの概略設計を出して、それに合わせて出資者と担当を決める流れですね。了解、そういうの得意なんで、俺が明日までにまとめておきます。

ルゥナ:
そんなに頼ってしまっても……ありがとうございます、お願いします!

由美恵:
梨音先輩、ご主人様……
オーナーの皆さまたちが、ルゥナ先輩のプレゼンのあとで、喝采して――
あんなふうに取り囲んで協力を申し出てくれてるってことは、大成功なんですよね?

なのに……
どうして、そんなにお顔が晴れないんですか?

梨音:
人間の社会には、二つの思想の潮流がある。
ひとつは「生命よりも価値のあるものが存在する」という考え。
もうひとつは「生命に勝るものはない」という考え。

人は、戦争を始めるときは前者を使い、
戦争を終わらせるときには後者を理由にする。
――それを、何百年も、何千年も繰り返してきた。

(引用:ヤン・ウェンリー/銀河英雄伝説)


來奈:
戦争っていうのはね――
いちばん卑しくて、罪深い連中が、
権力と名誉を奪い合う状態のことを言うのよ。

(引用:トルストイ「読書の輪」より)

由美恵:
えっ? えっと……な、なんですか急に?
でも……今回の戦争って、戦争を止めるためにしてるんですよね?

來奈:
戦争を止める……?
そんなもの、止まるわけないでしょ。

梨音:
「その場所では」戦争してない時間があったとしても……
その間、別の場所で戦争が起きてるのよ。
――それだけのこと。

クリスティーナ:
ふふっ……
ずいぶんお二人とも、丸くなられましたのね。

來奈:
うっ……
今、私……SIG一丁しか持ってない……
やっぱり、ここが最前線の最先端だったか……マズった。

梨音:
げっ……
コイツがいるってことは――最低でも、小隊三つは展開してるってことか……
……短刀一振りじゃ、分が悪い。

由美恵:
あの……ご、ご友人の方ですか?

來奈:
……紹介するわ。
この人は――クリスティーナ・バッハシュタイン。
あたしたちと一緒に、何度も地獄をくぐり抜けた「戦友」。

通称「地獄の境界線」
――ここから地獄ですよ、っていう「歩く標識」みたいな存在。

梨音:
他にもあるわよ?
「お嬢様型キリングマシン」、「歩く最前線」、「単独紛争終結兵器」――ってね。
いろいろな意味で、伝説。

由美恵:
な、ナンナンデスカそれ……!?

由美恵:
あの……
月城來奈ご主人様の専属侍従メイドを務めております、由美恵と申します。
本日は、どうぞよろしくお願いいたします。

クリスティーナ:
――由美恵特務大尉。……いえ、「元」特務大尉。
お名前と、ご経歴は存じ上げております。

クリスティーナ:
來奈が……ついにご自身のメイドを迎えたと聞いております。
とても真っ直ぐで、そして強い戦士ですわね。
來奈が惹かれるのも……納得できますわ。

由美恵:
あ、ありがとうございます。
(この人……強い。強さが、わからない……)

クリスティーナ:
――先ほど、あなたが「お二人の顔色が優れない」と心配していたのを、耳にしてしまいましたの。

彼女たちは……希望を語れる人間に、希望を託す側の人間。
でも同時に――
その「希望」と「善意」が、どれだけ多くの命を奪うかを知っている人たちでもあります。

しかし彼女たちはその「善意」と「希望」というモノがどれだけの死者を生むかも身をもって知っている

だからこそ、この華やかな総会場でさえ……
彼女たちには「別の景色」に見えてしまうのですわ。

由美恵:
……「別の景色」……。

來奈:
由美恵は……売らないよ。
あげたりなんて、もっとない。誰にも。

來奈(少し挑発的に):
あなたに……ついてきてくれるメイドなんて、いないでしょ?
――羨ましいの?

クリスティーナ:
あらあら。
お二人とも……少し、言葉が過ぎますわよ。

わたくし、今回は“案内役”として来ただけですのに。

梨音:
……地獄への案内人なら、今さら間に合ってるわよ。

來奈:
今回の商談は、思いのほか上手くいったから。
次の戦場のご案内は、結構です。

由美恵:
えぇぇ……(ご主人様も、梨音先輩も……なんだか、いつもと全然ちがう……)

クリスティーナ:
……それが、常連のお得意さまにかける言葉かしら?
わたくし、時々“いろいろと”――「現場」へお届けしておりますのよ。
弾薬、特殊弾頭、機密性の高い“あれ”や“これ”……ね?

由美恵:
(えっ……お嬢様が……武器の運び屋!? 現場ってやっぱり戦場の最前線ってこと……?)

來奈:
値引きはしてるし。
それに――アンタが付けてくる仕様書、正規軍やPMCよりよっぽど細かいんだから。

梨音:
あれもう「要求仕様」じゃなくてさ……ほとんど「呪い」よ。ほんと。

梨音:
……で? あんた、なんでこっちに来てるのさ?
一応、表向きは栗田閣下の「護衛」ってことになってたよね?
……まあ、護衛にちゃんと付いてるの、滅多に見たことないけど。

クリスティーナ:
用事が片付きましたので、少し早めにこちらへ。
それと――來奈に「ご注文」もございますの。

來奈:
いま、注文? ムリムリ! いっぱい!いっぱ~い!
はーい、却下です! 残念でしたー!

クリスティーナ:
当分はこちらにおりますので、
その間に――よろしくお願いいたしますわね。

來奈:
……ねぇ、わたし今さっき断ったよね?
あんた、聞いてなかったでしょ絶対。

梨音:
あー……これはアレだね。
商品受け取るまで「ずーっと」まとわりつく系だ。

うん、被害者は大変だよね~……私は傍観者だけど。

(※総会場がざわめきを落とし、しだいに静寂へと移る)

エステル:
皆さま――
ご歓談中、失礼いたします。
ただいま、緊急にお伝えすべき報告が届きました。

先ほど――
スエズ運河要塞の奪還作戦、
並びにセリア・ヴィクトリア派へとバイオメイドを供給していた
製造プラントの制圧作戦が――完了いたしました。

この報告は、エンパイアクラブ中央司令部より、正式に確認されたものでございます。

エステル:
セリア・ヴィクトリア旧議会派に属する軍は、
中東および中央アフリカ方面に展開していた主力部隊が――壊滅。

残存兵力の降伏が確認され、
強制的に使役されていたメイドたちは、すべて無事に保護されました。

(場が静まり返る。彼女は一呼吸おいて続ける)

スエズ運河の基幹インフラにつきましても――
弊ミリタリア工兵部隊の手により、復旧作業が進行中。
十日以内の完全回復が見込まれております。


会場の反応(ざわ…から歓声へ):
……おおおおっ!

ついに……!

(拍手がじわじわと、だが確実に広がっていく)

(会場は歓声と拍手に包まれている)

クリスティーナ:
……というわけで、
わたくし、少しばかり時間ができましたので――
先に日本へ戻ってまいりましたのよ。

由美恵:
本隊が……壊滅……

(來奈がそっと、由美恵の肩に手を乗せる)

クリスティーナ:(小声で)
元・特務大尉。
あの栗田閣下と瑠莉閣下の直率でございましたから――
敵に使役されていたメイドたちの犠牲は、
最小限に抑えられているはずですわ。

梨音:(同じく小声で)
それに……
あのすみれ隊長が、プラント制圧の方へ自ら出たって聞いてる。
きっと、最小限に抑えたはずだよ。



第四話 UNDER/SHAFT 終わり


第五話 borderland へ続く